求人票を眺めていると、最近はどこも「総額」で書かれるようになった。 総額21万円、総額23万円──数字だけ見れば、昔より少し良くなったようにも見える。 けれど、内訳を開いた瞬間に分かる。
基本給は、昔から変わらない“底値”のままだ。
総額だけが静かに膨らみ、 基本給は動かない。 この違和感の正体を、私は長い間知らないまま働いてきた。
けれど、構造を辿っていくうちに気づいた。
総額表示の時代は、基本給の低さを隠すために生まれた。 そしてその裏には、日本の労働市場を“底値”に固定する仕組みがある。
この記事では、その静かな構造を辿っていく。
総額表示の正体 ― 基本給の低さを隠す化粧
総額表示が増えたのは、 企業が“見た目だけ整えたい”からだ。
- 基本給:17〜19万円
- 手当:3〜5万円
- 総額:21〜23万円
総額だけを見ると悪くない。 でも、内訳を見ればすぐに分かる。
これは、基本給の低さを隠すための化粧だ。
企業は基本給を上げたくない。 基本給を上げるということは、 未来永劫コストが増えるということだから。
- 昇給のベースが上がる
- ボーナスの計算基準が上がる
- 社会保険料の企業負担が増える
だから企業は、 いつでも減らせる“手当”で総額を作る。
総額表示の時代は、 基本給の低さを覆い隠すために生まれた。
基本給が上がらない理由 ― 既存社員の賃金が未来を縛る
どの求人を見ても、基本給は17〜19万円で固定されている。 業界が違っても、会社の規模が違っても、地域が違っても、 なぜかこの“底値”から動かない。
理由は単純で、そして深い。
既存社員の賃金が低いから。
企業の給与は“個人”ではなく“枠”で決まる。 その枠は、年齢・勤続年数・役職を基準にした 賃金テーブル だ。
だから、中途採用者に高い基本給を提示すると、 既存社員の不満が爆発する。
- 「なんで新入りが自分より高いんだ」
- 「勤続10年の自分より高いのはおかしい」
企業はこれを恐れている。 だから、どれだけ経験があっても、 既存社員の基本給を超える金額は提示できない。
結果として、 基本給は“底値”で固定される。
総額表示が増えたのは、 この“動かせない基本給”を隠すためでもある。
幅広い求人の上限が幻である理由 ― 上限は“飾り”
求人票の「20〜40万円」「25〜45万円」。 この“幅”に希望を感じていた時期があった。
けれど、現実は違う。
私はこれまで上限で採用されたことが一度もない。 周囲を見ても同じだった。
理由は二つある。
上限に達するには「既存社員をぶっちぎる」必要がある
上限を提示するということは、 既存社員より高い給与を払うということだ。
- 勤続10年の社員より高い
- 序列が崩れる
- 現場の調和が乱れる
これを許容できる会社は、 成果主義が徹底しているか、 人手不足で火事になっているかのどちらかだけ。
普通の会社では起こらない。
企業が幅広い給与を提示する背景には、 もうひとつ静かな事情がある。
求人の幅を狭めるだけでは、応募は増えない。 下限が20万円のままなら、 求職者から見れば「他社より低い」のは変わらないからだ。
本当に必要なのは、 幅を狭めることではなく“下限を引き上げること”。
けれど、下限を上げると 既存社員との逆転現象が起きる。
- 勤続10年より高い初任給
- 年齢序列の崩壊
- 不公平感の爆発
だから企業は、 既存社員と同等かそれ以下しか提示できない。
さらに、求人票の“幅”には根拠が書かれない。
- 年齢加給
- 資格手当
- 経験年数
- 家賃補助
- 住宅手当
こうした要素を明記しないまま 「20〜40万円」と書かれても、 求職者は信用できない。
幅の根拠を隠したまま数字だけを広げるから、 上限は飾りになり、下限だけが現実になる。
求人広告の“釣り”として上限が存在する
求人側はこう考える。
「高い給与を提示すれば、下位層でも質の良い人が釣れる」
だから上限は“広告の数字”であり、 払う気のない数字 だ。
もちろんそれを問われれば、業績を単身で左右する、超絶ド級の即戦力が来るなら出すかもしれない。
実際には、
- 上限は飾り
- 下限が現実
- 採用は下限で行われる
総額表示の時代は、 この“上限の幻”をより強くしている。
再スタートが底値に吸い込まれる仕組み ― 枠採用の罠
再スタートを切るたびに、なぜか“底値”に戻される。 経験を積んでも、年数を重ねても、 一度レールを外れると、また最初の位置に戻される。
理由は明確だ。
日本の採用は“人”ではなく“枠”で決まるから。
- 年齢
- 勤続年数
- 学歴
- 社内序列
これらの“枠”が給与を決める。 だから、中途採用者はどれだけ経験があっても、 枠の最下段に戻される。
さらに、肉体労働は体力が落ちた瞬間に “戻る場所”が消える。
- 職種変更
- 給料リセット
- 底値へ吸い込まれる
総額表示がどれだけ華やかでも、 基本給が底値のままなら、 再スタートは必ず“底値”に戻る。
賃金は企業努力ではなく“業界構造”で決まる
ここまで見てきたのは企業内部の構造だった。 ここからは、さらに外側── 業界そのものの構造 に目を向ける。
賃金が上がる業界と、 底値のまま動かない業界がある。
その差は、企業努力ではなく、
業界の構造が強いか弱いか。
- 価格を自分で決められる業界 → 賃金が上がる
- 価格を決められない業界 → 賃金が上がらない
努力とは無関係だ。
総額表示がどれだけ変わっても、 基本給が動かない業界は、 構造的に底値のまま だ。
まとめ ― 総額表示の時代に生きるということ
総額表示の時代は、 一見すると賃金が上がったように見える。 けれど、その内側には、
- 基本給の固定
- 賃金テーブルの呪縛
- 上限の幻
- 再スタートの底値吸引
- 業界構造の限界
こうした“静かな罠”が重なっている。
若い人は「自分は大丈夫」と思う。 けれど、求人票の数字は未来の給料表だ。 氷河期世代は、その未来を先に生きた。
総額表示の時代は、 基本給の罠をより見えにくくしている。
そしてその罠は、 静かで、 気づきにくくて、 気づいたときにはもう足元にある。
これは私の過去の話であり、 未来のあなたの話かもしれない。


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