【50歳の挑戦記録】
コラムは、日々の小さな気づきから育つ
セミリタイア生活の中では、時間の流れがゆっくりしている。
朝のニュースを眺めていて、ふと気になった話題があり、ついAIに聞いてみる。
深い理由はない。ただ「私の考えを誰かに聞いてもらいたい」と思うだけだ。
けれど、その何気ない行動が、思いがけず“文章の芽”になることがある。
最近、「エッセイとは何か」を調べていたとき、画面の向こうの小説家の対談の中で「コラム」という言葉が出てきた。
聞き覚えはあるのに、自分で意識して使ったことはない。
そこで改めて調べてみると、どうやらコラムとは――
– 何かの出来事や話題をきっかけに
– 自分の考えや感じたことを
– 自分の言葉で語る
この三つが揃えば成立するらしい。
そう考えると、自分がやっていることのそれだ。
ニュースを見て、気になって、調べて、考えて、言葉にする。
ただそれだけの行為が、ひとつの記事になる。
特別な知識があるわけでもないし、文章の技術を学んだわけでもない。
それでも、自分の生活の中で生まれた小さな気づきを丁寧に拾い上げていくと、自然と“自分の言葉”が形になっていく。
50歳になって、ようやく気づいたことがある。
文章は「うまく書こう」と思うほど硬くなる。
逆に、「気づいたことをそのまま書こう」と思うと、驚くほど素直な文章になる。
そしてその素直さこそが、いまの自分にとって一番大事なのだと思う。
コラムとは、立派な意見を書く場所ではない。
日々の生活の中で生まれた小さな違和感や発見を、そっと言葉にして残す場所だ。
その積み重ねが、やがて自分の人生の軌跡になる。
今日の気づきを書く。
明日もまた、何かに気づく。
その繰り返しが、50歳の挑戦記録として確かに積み上がっていく。


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