私が生活保護を選ばなかった理由、選べなかった理由

暮らしとお金
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働いても生活が苦しく、辞めても不安しかない。
そんな時期に、SNSで目にした“生活保護の金額”は、私の最高月収と変わらない金額だった。
羨ましさと違和感が入り混じる中で、私は「生活保護を選ばなかった理由」と「選べなかった理由」を、静かに見つめ直すことになった。

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SNSで見た“生活保護の金額”と揺れた気持ち

SNSを眺めていると、子育て世帯やシングルマザー世帯が、 単身では到底稼げないような金額の生活保護費を受け取っているという投稿を目にすることがある。 コメント欄はいつも荒れていた。

「ズルい」「廃止しろ」「働け」 そんな言葉が並ぶ一方で、 「子育てには本当にお金がかかるんだよ」という声もわずかにあった。

医療費がかからないとか、悪用されているとか、 それぞれが自分の正義を抱えて激論している。

さらに調べていくと、保護費を受け取っている当事者の中には 「もう以前の生活には戻れない」と語る人もいた。 それだけ制度に支えられているということなのだろう。

そこに書かれていた保護費の金額は、 私が現役時代に やっと届いた最高月収 と変わらないくらいだった。 働かずに得ている。 羨ましくないわけがない。

身体の限界と離職、そして求人票の現実

ただ、私の場合は「働きたくない」わけでも「給料が気に入らない」わけでもなかった。 脊柱管狭窄症とヘルニアで、立ち仕事も長時間の運転も限界に近かった。 辞めざるを得なかったのだ。

離職後、ハローワークで求人票を眺めると、 地方の自動車業界はどこも 月給20万円前後。 経験があっても、家族4人を支えるには到底足りないし、 何よりも腰痛でこれ以上の現場仕事は無理だった。

この時点で、生活保護の金額と再就職の現実が、 頭の中で静かに重なり始めた。

生活保護が高いのではなく、地方の賃金が低すぎる

調べれば調べるほど、この矛盾が浮かび上がった。

  • 生活保護:家賃・医療費・教育費が守られる
  • 再就職:20万円前後で社会保険料が重く、可処分所得は生活保護以下

つまり、 「働くより生活保護のほうが安定してしまう」 という逆転現象が、地方では普通に起きている。

生活保護が厚いのではなく、 地方の賃金が“最低限の生活”にすら届いていないだけだった。

この構造を知ったとき、胸の奥に静かな虚しさが広がった。

住宅ローンと生活保護の“制度的ミスマッチ”

生活保護の内訳には「家賃は住宅扶助で出る」という仕組みがある。 私の県なら 4 万円台後半まで実費で支給される。

その数字を見たとき、正直に言えば、胸がざわついた。

私の住宅ローンの返済額は、それより少しだけ高い程度。 「もし借家だったら、家賃は保護費で丸ごと出たのか」 そんな思いが頭をよぎった。

しかし現実は、 住宅ローンは生活保護では一切支給されない。 持ち家は“資産”として扱われ、 ローン返済は「自分の資産を増やす行為」とみなされる。

地方では家を建てることが一般的なのに、 制度は“借家で暮らす人”を前提に作られている。

家を手放す前提がそこにはあり、 持ち家を維持したい私には、生活保護は「選択肢」ではなく、 最初から “選べない制度” だった。

地方の車社会という見えない壁

さらに、地方では車がなければ生活が回らない。

娘の高校までは片道15km。 次女の支援学校も、親の送り迎えが必須要件だ。

子どもの送迎も、買い物も、通院も、すべて車が前提の生活。

しかし生活保護は原則として車の保有を認めない。 この時点で、地方の生活構造と制度は根本的に噛み合っていない。

身体の痛みが選択肢をさらに狭めた

脊柱管狭窄症とヘルニアで働き方に制限がある中、 それでも生活保護は選べない。 制度と生活の段差が、身体の痛みと重なってのしかかってきた。

生活保護に踏み切れなかった“心理的な理由”

制度の条件だけではなく、 私にはもうひとつ、どうしても踏み切れなかった理由があった。

それは、すべてを手放して生活保護に入ったら、 もう元の生活には戻れないのではないか という、静かな恐怖だった。

持ち家を手放し、車を手放し、 子どもの学校も、地域とのつながりも、 長く積み上げてきた生活の形も、 全部いったんゼロにしなければならない。

制度に守られる代わりに、 自分の生活の“基盤”を差し出すような感覚があった。

そして一度そこに身を置いたら、 戻るための階段がどれだけ急なのか 想像がついてしまった。

都心に移れば制度と噛み合うのかもしれない。 けれど、家族の暮らしは地図の上で動かせるほど軽くはない。 私には、私の生活の重さがあった。

私は生活保護を“選ばなかった”のではなく、“選べなかった”

持ち家、車必須、住宅ローン、地方の賃金、身体の限界。 これらが重なり、私は制度の外側に立たされていた。

SNSで見る「生活保護で20万円以上もらっている」という投稿は、 制度と生活が噛み合っている人の話だ。 私の生活とは、前提がまったく違う。

そして今、ようやく安定にたどり着いた

生活保護を調べては閉じ、 求人票を見てはため息をつき、 身体の痛みと家計の不安に押しつぶされそうだった時期があった。

地方の車社会、持ち家、ローン、子育て。 どれも家族のために選んだものなのに、 制度の上では“選択肢を奪う要因”になっていた。

それでも私は、制度の外側で生きる道を選び、 少しずつ生活を立て直してきた。 車の維持費も、ローンも、医療費も、 全部自分の肩に乗せながら、それでも前に進んできた。

今は生活も心も安定している。 あの頃の自分が見たら、きっと驚くだろう。

生活保護を選ばなかったことが正解だったのかは分からない。 ただ、選べなかった現実の中で、私は私なりの道を歩いてきた。 その道を、これからも静かに続けていく。

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