三人目に1000万円は本当に極端なのか──数字が示す“現実の値札”

親として考えたこと
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人口が減ることより怖いのは、数字だけを守ろうとする社会だ。まずは、子どもを持ちたい人が持てる国であってほしい。

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数字の衝撃と、世の中の誤解

ネットの記事を眺めていると、 こども家庭庁の予算に対して「ばらまきだ」という批判が溢れていた。 だが実際には、予算の大半は 保育所や放課後児童クラブの運営、児童手当、育児休業給付、障害児やひとり親家庭への支援など、 すでに社会に必要とされている仕組みに充てられている。

それでも批判が止まらないのは、 予算 ÷ 出生数 = 約1000万円 という“数字の衝撃”が独り歩きしているからだ。

もちろんこれは、制度全体の年間予算をその年の出生数で単純に割った数字にすぎない。 実際には、保育、児童手当、育休給付、困難家庭支援など、 すでに子育ての現場を支える費用が含まれている。 それでもなお、 「子ども1人を社会で支えるコスト」がこれほど重いという現実 は見えてくる。

「生まれた子ども全員に1000万円配ればいいじゃないか」 そんな極端な声を聞けば、一瞬「確かに」と思ってしまうほどだ。

ただ、この“1000万円”という数字は、 暴論ではなく、 日本の少子化がどれほど深刻かを示す“現実の値札” なのだと感じた。

1000万円あれば、越えられる壁がある

1000万円という数字は極端に見えるが、 もし本当にその金額があれば、 多くの家庭が抱える不安や負担は確実に軽くなる。

教育費、住宅、働き方、キャリアの断絶。 そうした“子どもを持つことに伴う負担や制約”を乗り越えられる家庭も増えるだろう。

実際、海外では多子世帯、とくに三人目以降を手厚く支える制度を持つ国が少なくない。 フランスには多子世帯に有利な家族手当や税制があり、 ハンガリーには第3子以降で融資負担が大きく軽くなる仕組みがあり、 シンガポールも第3子以降への追加支援を拡充している。

ただ、出生率を持ち直した国々に共通しているのは、 三人目支援“だけ”ではなく、 保育、休業、住宅、税制、働き方まで含めた総合支援 があるという点だ。

つまり、 “狙い撃ちでドンと出す”のは極端でも何でもなく、 世界ではむしろ常識に近い。

PRESIDENT系の記事では、
「子ども1人目=50万円、2人目=100万円、3人目以降=1000万円」
のような一時金案が書かれていた。

もちろん、日本で1000万円を配るなどはまだまだ理想論だ。 制度も財源も簡単には動かない。 それでも、 「子どもを持ちたい」と願う世帯の背中を押す力にはなり、一定の効果はあるだろう。

私自身、三人目を望んでいた

私は三人兄弟で育った。 家の中がいつも賑やかで、あの空気が好きだった。 だから自分の家族にも、あの“生活の音”を作りたいと思っていた。

しかし現実は、そう簡単ではなかった。

次女は生まれつき心臓に問題があり、知的障害もあった。 病院、手続き、支援、生活の調整。 家族全体のバランスを考えると、三人目に進む余裕はなかった。

「三人欲しかった」という気持ちは本物だったけれど、 現実がそれを許してくれなかった。

だからこそ、 三人目に1000万円でも安い という声に、私は強く頷いてしまう。

人口減少は“悪”ではなく“構造の結果”

ここまで考えてくると、 日本の人口減少は“誰かのせい”ではなく、 構造そのものが変わってしまった結果 だと分かる。

恋愛と結婚の入口は“就活化”し、 女性のキャリアは出産と育児の局面で大きく傷つきやすい。 とくに日本では、時短勤務や長時間労働前提の評価制度のもとで、 一人目の出産だけでも昇進や賃金に長い影響が残りやすい。 二人、三人と子どもを持つほど、その負担はさらに重くなる。

生活コストは上がり続け、 若い世代は未来を描きにくい。 「産みたいけど産めない家庭」が増えるのは当然だ。

統計を見ると、 所得が高い層ほど結婚に至りやすい傾向は今も強い。 つまり、恋愛や結婚の意欲が消えたわけではなく、 経済的な不安が大きい層ほど、結婚や出産に踏み切りにくい

これはもう、 “気持ち”ではなく“構造”の話だ。

税金の重さと、予算の使い方の違和感

一方で、人口減少への対応として外国人受け入れ拡大の議論が進むのを見ると、 まずは日本で子どもを持ちたい人が持てる環境づくりに、 もっと予算を集中すべきではないかとも感じる。

もし本気で少子化を止めたいのなら、 出生率回復に予算を使うべき だと思う。

広く薄くではなく、 狙い撃ちでドンと出す。 世界が実際に成果を出している方法は、そこにある。

人口減なら人口減でいい。日本は日本のままで

私はこう思う。

人口減少が止まらないのなら、 無理に昔の形に戻そうとしなくていい。 私自身、生活を身軽にして、 実態に合わせて暮らしてきた。

社会もまた、 実態に沿った運営でいい。

そして何より、 私が怖いのは、人口が減ることそのものではない。 減っていく現実を受け止める代わりに、 数字だけを無理に維持しようとして、 この国で暮らす人の生活や実感が後回しにされることだ。

国はまず、 ここで生きる人たちが安心して家庭を持てる社会をつくるべき だと思う。

人口が少なくても安定して成長している国はいくらでもある。 日本も、 日本人の暮らしに合わせて縮んでいけばいい。

私は、 日本が日本のままで続いていく未来 を願っている。

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