「円安で輸出企業が過去最高益」「株価が史上最高値を更新」——。 連日のようにテレビや新聞で躍る景気の良い見出しを見ながら、どこか冷めた違和感を拭えない人は少なくないはずです。
大企業が潤い、株価が跳ね上がるその裏で、私たちが手にしている「実質賃金」や将来受け取る「年金の価値」は、まるで水で薄められるように半分近くまで削り落とされているのが現実だからです。
前回の記事では、フランスの財政破綻や「移民で誤魔化すモデル」の限界、そして日本の消費税が人件費を狙い撃ちしてきた構造問題を紐解きました。 今回はその続編として、いま目の前で起きている「円安・インフレによる年金の稀釈化(きしゃくか)」と、「氷河期世代が抱える老後への切実な不安」について論証していきます。
1. 輸出企業の「最高益」の裏で溶かされた自国通貨の価値
円安になれば、外貨で稼ぐ大企業は日本円に換算した利益が大きく膨らみます。投資家は株高に沸き、「日本経済の復活だ」と喜ぶ。しかし、その「ツケ」を払わされているのは誰でしょうか。
自国通貨(円)の価値が下がれば、海外から輸入するエネルギーや食料品などの価格は跳ね上がります。 企業や富裕層が株高の恩恵を受ける一方で、日々の給料や年金で生活する一般国民の「購買力」は坂道を転げ落ちるように低下しました。
つまり、この数年の株高・円安の本質は、経済が成長したのではなく、「国民全体の購買力を犠牲にして、一部の大企業や資産家に価値を移転させただけ」という冷酷なカラクリだったのです。
2. 戦後から続く国の手法:「額面を守り、価値を溶かす」
「物価に合わせて年金額も調整されるから大丈夫」という政府の説明を真に受けている人は多いかもしれません。しかし、日本の年金改定制度(マクロ経済スライドや賃金スライド)は、「増える方向にはブレーキが強く働き、実質的に減る方向には過敏に機能する」ように設計されています。
歴史を振り返れば、これは国が昔から使ってきた「得意技」でもあります。
戦後直後、戦費調達などで膨れ上がった巨額の国債や遺族年金・恩給の約束に対し、政府は大暴落したインフレによって対処しました。当時「年間数万円」という額面数字は守られましたが、ハイパーインフレによってその実質価値は紙くず同等に薄められました。直接「払わない」と言えば暴動が起きるため、「約束通りの数字は払うが、通貨の価値を猛烈に薄めて帳尻を合わせる」という手法をとったのです。
いま令和の日本で起きているのも、まったく同じ「静かな稀釈化」です。 1,000兆円を超える借金と膨大な社会保障義務を抱える国は、年金の額面数字(通帳に振り込まれる金額)を半分に落とすような危険な真似はしません。その代わり、歴史的な円安とインフレを放置し、年金の伸びを抑え込むことで、国民が受け取る年金の「実質的な買い物の力」を削り落として帳尻を合わせているのです。
3. 「安泰だ」と笑う逃げ切り世代との深すぎる溝
こうした「実質価値の稀釈化」が進行する中で、世代間の認識ギャップは決定的なまでに広がっています。
先日、79歳になる昭和の「逃げ切り世代」の方と話をしました。 「外国人労働者が増えれば働き手が増えるから自分の年金は安泰だ」「昔、生保で働いていたから分かるが、年金は自分が払ったお金の運用だ」と胸を張るのです。
しかし、実際の公的年金は自分が預けた金を運用する民間生保(事前積立型)ではなく、「いまの現役世代が払った保険料を、そのまま高齢者に流す仕送り(賦課方式)」です。 低賃金で働く外国人労働者が増えても、納められる保険料自体が少ないため、現役世代の「集金袋」は薄くなるばかり。それどころか、脱退一時金の持ち出しや将来の行政コスト増を考えれば、年金の原資はむしろ細っていきます。
高度経済成長期に正社員として厚生年金を積み上げ、持ち家と資産を確保して「勝ち逃げ」しようとしている世代には、テレビや新聞が語る表面的なニュースと過去の経験則しか見えていません。 「自分たちの年金が出処不明の砂上の楼閣の上に成り立っている」という裏のカラクリに気づかないまま、「安泰だ」と笑っていられるのは、ある意味で幸せな逃げ切り世代の特権なのかもしれません。
4. 氷河期世代が突きつけられる「老後という現実」の恐怖
そして、この「希薄化される年金」と「噛み合わない逃げ切り世代の無理解」の挟み撃ちに合い、最も深刻な不安を抱えているのが就職氷河期世代(現在50代前後)です。
氷河期世代の多くは、社会に出た最初から正社員の枠を狭められ、低賃金や非正規の期間を長く強いられてきました。国や自治体が「氷河期世代支援」などとポーズを取っても、実際の求人市場に残されているのは一部の高度経験者向けか、極めて条件の厳しい現場仕事ばかりです。
厚生年金を十分に積み立てる機会を奪われた彼らの多くは、将来受け取れる年金額が「単身で月8万〜11万円程度」というシビアな試算値の中にいます。
ただでさえ生活保護基準に近いような年金額であるにもかかわらず、そこから容赦なく介護保険料や医療保険料、住民税が天引きされていきます。そして、ようやく手元に残ったわずかな現金の価値は、円安とインフレによってさらに半分近くまで買い物の力を削ぎ落とされているのです。
- 現役時代は「低賃金と非正規」で絞り取られ
- 受給期になれば「稀釈化された年金」と「重い天引き」に苦しめられる
「手厚い福祉と高い年金」を当然の権利として主張し暴動を起こすフランスの高齢者や、過去の成功体験のまま「自分の年金は安泰だ」と語る昭和の逃げ切り世代。それらと対比したとき、真面目に働き、制度を支えながらも、何の補償もなく老後の貧困へと押し流されようとしている日本の氷河期世代の姿は、あまりにも残酷です。
「高い給料と十分な納税で社会を支える」という王道の構造を捨て、目先のコストカットと安価な労働力依存、そして通貨安による帳尻合わせに走ったこの国の果てに、どのような老後が待っているのか。
通帳に並ぶ名目上の数字に誤魔化されることなく、自国通貨の価値が削られ続ける現実を直視しなければ、氷河期世代が直面する将来の不安が解消されることはありません。

コメント