”狭窄症”手術の未来が遠ざかった朝の記録

脊柱管狭窄症
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総合病院へ向かった今朝、私は手術の段取りをつけるつもりで紹介状を握りしめていた。
二年前に入院した馴染みの診察室で、久しぶりに“治る未来”を思い描いていた。
しかしスクリーンに映ったのは腰ではなく背骨全体の問題。
未来が一度止まったように感じた一日の記録。

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期待 ― 除圧手術の段取りをつけるはずだった朝

今朝の通院は、二年前に骨折で散々お世話になった懐かしの総合病院だった。 近所の整形外科で「手術をしたい」と伝え、紹介状とCD-Rを準備してもらい、 今日はその手術の段取りをつけるための大病院での診察の日。

紹介状の封筒を受け取ったときの、 少しの不安と「健康に戻れるかも」というあの感覚。 腰に負担を掛けないために工夫し続けた生活の中で、 久しぶりに“希望”という言葉を思い出した。

総合病院の整形外科の診療室は、骨折で二度入院した何度も通った馴染みの場所。 ドアを開けると、見慣れたレイアウトがそのまま残っていた。 ただ、ホームページで確認していた通り、当時担当してくれた医師はもういない。 知っている場所なのに、知っている医師はいない―― その違和感が、今日の不安を少しだけ増幅させた。

問診表の確認が始まり、 「何分歩けますか?」という質問がいきなり飛んできた。 五分は歩ける。 カートにつかまれば十分。 この“わかる人にはわかる” 狭窄症トークとも言える歩行の限界を淡々と伝える。

現実 ― 背骨全体がスクリーンに映った瞬間

レントゲン室に移動し、前屈・後屈・横向き・縦向きと、 個人病院では撮らなかった角度まで撮影が続く。 病院を移るたびに新規撮影が発生するのは正直つらい。 時間もお金もかかるし、痛みもある。 それでも「大きい病院は違うな」と思わせる丁寧さがあった。

診察室に戻ると、スクリーンに映し出されたのは“腰”ではなかった。 背骨が一本丸々映っていた。 自分の背中が、まるで地図のように画面いっぱいに広がっている。

医師は画像に線を引きながら静かに言った。

「腰だけじゃないですね」

その一言で、今日の空気が変わった。

衝撃 ― ボルト固定の大手術

医師が指し示したのは背骨の高い位置。 腰の骨からそこらまで固定が必要だと言う。 何個と言ったか覚えてないが高いところまでボルトでつなぐ―― 聞いた瞬間、頭の中が真っ白になった。
実のところ、私は”ぎっくり背中”という症状も経験がある。多くの人には言葉の意味が分からないだろうが、背中版のぎっくり腰も発症してきた。

今回は腰の部分の除圧の手術の段取りを想像していた。 もっと小さな範囲の話だと思っていた。父や友人らが経験してきた 「狭くなっているところを削って広げる」程度の手術のイメージだった。

でも現実は違った。

説明の中心は“改善”ではなく、 “固定による不自由さ”と“手術のリスク”。

なぜ今この説明なのか。 なぜこんなに大掛かりなのか。 なぜ腰だけの問題だと思っていたのに、背骨全体なのか。

いろいろな疑問が一気に押し寄せてきた。

医師は淡々と、しかしはっきりと言った。

「50歳に勧めたい手術じゃないです」

その言葉は、 「あなたにはこの手術は現実的ではない」と 遠回しに告げられたように聞こえた。

期待していた除圧手術とはまったく違う。 今日ここで“手術の予約”をするつもりだったのに、 その未来が一瞬で遠ざかった。

落差 ― ロキソニン

提案された治療は薬物療法だった。

「薬で治るならそれでいい」と一瞬思った。 背骨全体がガチャガチャでも、薬で治療できるのならそれはそれでいい。 そう思ったのも束の間。 聞けば痛み止めだという。 つぶれた軟骨を戻すような魔法の薬ではなかった。

処方されたのは、誰もが知る痛み止め薬のロキソニン。

大量のロキソニンを抱えて帰る自分。 手術の予約をしに来たはずなのに、 現実は痛み止めを持って帰るだけ。

期待と現実の落差が、胸にずしんと落ち、自然と涙が出た。

喪失 ― 未来が否定されたような感覚

帰宅して妻に話すと、 「どうするの?」と心配された。

介護を受けているわけではないが、 家事や身の回りのことはかなり任せている。 その負担を思えば、妻の不安は当然だ。

友人のT氏に結果を伝えると、 「セカンドオピニオンを受けたほうがいい」と言われた。 とても現実的なアドバイスだと思う。

今一度、元の整形外科に相談へ行っておこうかな―― そんな気持ちが頭をよぎる。

健康を取り戻して、 またバイクに乗ったり、 畑を手伝ったり、 そんな未来を思い描いていた。

今日という日は、 その未来がすべて否定されたように感じた。

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