「静かな退職」という言葉をニュースで見かける。
転職するわけでもなく、辞表を出すわけでもなく、ただ“会社に期待するのをやめて、最低限だけ働く”という状態を指すらしい。
アメリカ発の言葉だが、日本でも広がっているという。
ニュースでは、静かな退職に当てはまる人が5.8%に増えた、と紹介されていた。
条件は「出世意欲なし」「転職意向なし」「残業ほぼゼロ」など。
一見すると、働き方の価値観が変わってきたようにも見える。
けれど、この一文を読んだ瞬間、どうしても違和感が残った。
なぜなら、この定義そのものが“正社員の働き方”を前提にしているからだ。
出世制度のないパート、残業が契約上ほぼ存在しないアルバイト、キャリアパスの概念がない派遣。
こうした非正規雇用者は、そもそも「静かな退職」という枠組みに当てはまらない。
出世意欲も残業時間も測定できないのだから、最初から統計の外に置かれてしまう。
日本の労働者の約4割は非正規だと言われる。
その40%が統計に含まれないまま、「静かな退職が5.8%に増えた」と言われても、
果たしてそれは“日本全体の姿”と言えるのだろうか。
むしろ、静かに退職するかどうかを「選べる」正社員だけを切り取った数字を、
あたかも社会全体の傾向のように語っているように見えてしまう。
そして何より気になるのは、
静かな退職を選ぶことすらできない人たちが、その統計の裏側にいるという事実だ。
生活のために働くしかなく、
辞める自由もなく、
出世も昇給も望めず、
ただ契約を更新し続けるしかない人たち。
彼らは「静かに退職する」以前に、
“会社に期待する”というスタートラインにすら立てていない。
静かな退職が社会問題として語られる一方で、
その議論の外側に、声を上げることもできない人たちがいる。
その存在が統計にすら数えられないのだとしたら、
それこそが一番静かで、一番深い問題なのではないかと思う。


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