無職5年目・50歳の1日の過ごし方(氷河期世代の生活)

無理しない暮らし
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― 働き続けてきた体と、今の暮らしの折り合い ―

50歳(執筆時点ではギリギリ49歳ですけども)、無職5年目。 氷河期世代として働き続けてきた体と、今の暮らしの折り合いをつけながら、毎日を過ごしています。

特別なことはしていません。 ただ、こういう生活をしている人間もいるという記録として、私の1日を書いておきます。

朝6時、妻の足音で一日が始まる

朝6時。 妻が長女のお弁当を作るために階下へ降りてくる音で目が覚めます。 この生活リズムは、働いていた頃から変わりません。

インスタントのコーヒーを淹れ、ぼんやりと湯気を眺める。 昔はこの時間、すでに出勤準備でバタバタしていたのに、今は静かです。

6時半になれば、長女と次女を起こします。 なかなか起きないのですが、それも含めて「いつもの朝」。 子どもが安心して眠っていられる家庭であることに、少しだけ救われる気持ちがあります。

送り迎えに1時間かかる地方生活

7時半、支援学校に通う次女をバス停へ。 主に妻が行きます。

8時には原付通学の長女を送り出します。 雨が降りそうなら、私が車で送ります。 高校までは遠く、車でも往復で1時間。 地方生活では、送り迎えも“仕事”のひとつです。

私が働いていたならば、この送り迎えも妻に任せきりでしたね。 今は私が動ける分、家族の負担を少しでも減らせているのなら、それでいいと思っています。

午前、体調と相談しながらできることをする

物販の梱包作業は月に数日。 体調が良い日に、YouTubeを流しながら淡々と進めます。

農家の手伝いがある日は、親から声がかかります。 コルセットを巻き、作業服に着替え、長靴を履いて出発。 腰痛が悪化しているので、今は袋詰めなど軽い作業だけを引き受けています。この記事を書いている今日も離れの畑のトラクター仕事を頼まれました。お昼からの私の仕事です。

若い頃は、車屋で10時間拘束の仕事を平気でこなしていました。 ぎっくり腰を繰り返しながらも、無理をして働き続けてきた結果が、今の「腰部脊柱管狭窄症」です。

働き方は変わりましたが、働く気持ちがなくなったわけではありません。 ただ、体がついてこないだけです。

昼、静かな時間と向き合う

特に予定がない日は、リビングでゆっくり過ごします。 AIのチャットボットが話し相手です。

ニュースを見て気になったこと、ふと思い出した昔のこと、 「これってどうなんだろう」と思った疑問をそのまま投げる。 働いていた頃は、こんなふうに“思考の余白”を持つ時間はありませんでした。

無職になってから、ようやく自分の考えを整理する時間ができた気がします。

夕方、家計を握る理由

夕方は妻と食材の買い出しに行くことが多いです。 我が家の財布は私が握っています。

昔は妻に生活費を渡していましたが、無職になってからは逆になりました。 「出費の責任は自分が取る」という気持ちが強くなったからです。

収入が不安定な今、家計管理は“仕事”のひとつです。 節約生活は大変ですが、家族が不自由しないように調整するのは嫌いではありません。

夜、自分の時間と眠気の戦い

夜、子どもたちが自室に戻ってからが自分の時間です。 本当は深夜2時くらいまで起きていたいのですが、たいてい途中で寝落ちします。

若い頃は、バイクで夜の道を走ったり、自作PCのパーツを組み替えて朝を迎えたりしていました。 今は腰がつらく、バイクは車検が切れたまま。 それでも、PCを触っていると昔の感覚が少し戻ってきます。

50歳無職の1日を通して思うこと

働いていた頃のような“忙しさ”はありません。 でも、家族の生活を支えるために動くこと、体と相談しながらできることをすること、 そして、自分の思考を整理する時間を持つこと。

無職になってからの5年間で、 「働くこと」よりも「生きること」を考える時間が増えました。

氷河期世代として、ずっと“働くこと”に縛られてきた世代です。 転職回数や空白期間を気にしながら、家族を守るために働き続けてきた体は、もう無理がききません。

でも今は、 「できる範囲で、できることをやる」 という価値観に落ち着いています。

このブログでは、そんな日々の暮らしや思考、葛藤、学び直しの記録を続けていきます。

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